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ヒロトが、ヒロトがぁぁぁぁぁっっっ。

凄すぎる。

行って来ました。「忌野清志郎 ロックン・ロール・ショー日本武道館 LOVE & PEACE」。

いやいや、6時間ですわ。16時開演で終わったの22時。しかし、あれで8800円って安すぎる。

なにっしろ、ザ・クロマニヨンズ、ヒロトが凄かった。当然、アーティストの中ではトリだったけど、すごかった。どうすごかったって、気迫。なんかね、ヒロトが歌い出したら、一挙に、武道館が、ギューッと狭くなって、2000人位のライブハウスに感じたのですだよ。空気を制する気迫。後ろに座っていた30代男性かな、40代かな、ヒロト達が終わったあと「アイツ、あたまが、おかしい。狂ってる」ってつぶやいてましたが、そう呟くのもわかる。イッちゃってんですよ、完全に。あの人の後は歌えないだろう。マーシーもオーラが強すぎる。クラクラ。

でも、キヨシローを歌うヒロトが観られたのが、嬉しかったんだか、哀しいんだか。ヒロトは、人の歌をパブリックで歌わないだろうから、貴重なんだけど、キヨシローが生きてたら、歌う必要なかったわけだから。

でも、ものすごいものを観た。久々に、持って行かれた。大好きな曲をやりやがるしよぉ。ヒロトの『いい事ばかりはありゃしない』。もう、腰抜けるかと思たよ。ああ。かっこよすぎるぜよ。

あと素晴らしかったのが矢野顕子。これはもう、レベルが違う。世界レベルは、やっぱ違うぜよ。矢野顕子自体が音楽なんだろうなぁ。もう、清志郎の曲が清志郎の曲に聴こえない。余裕といい、迫力といい、その歌も矢野顕子さんのことも知らない友人が「スゲェ、この人スゲェ」って叫んでました。矢野さんのライブに行ってみようと思いました。

奥田民生も、やっぱ迫力あった。トータス松本、感じよかった(笑)。スカパラ(東京スカパラダイス・オーケストラ)はやっぱり上手いし、泉谷しげるも相変わらず「ばかやろう、このやろう」叫びながら生ギター1本で一人で暴れていて、よし(笑)。

ゆずは人気あるんだなぁ、と思いましたが、私、さっぱり知らない人なので、ね、サンボマスターズとかツカジしか思い出せないし。あ、でも、良かったです、みなさん。6時間やってるからタイミング的に、可哀想な人もいたけれどもね。

そして、思ったけど、たまたま出られなかったけれど、出たかった人、もっともっと沢山いると思います。清志郎のためなら、と張り切る人は、本当に多いでしょう(個人的には及川ミッチーと、陽水、あとはやっぱり坂本冬美に来て欲しかったかなぁ)。

私は演技のコーチをやるときに、とにかく「行動」を考えるようにという話をよくします。我々が他人を「どういう人か」と判断するとき、「何を言ったか」「どんな感じだったか」というものより、「どう行動したか」というのが一番大きいからです。

清志郎は、58年という人生で、いろいろな行動をしてきた。口数少なく、歌い、そして行動をしてきたことが、多くの人に愛されたと思う。

例えば、1988年、反核、反原発の曲などを含むアルバム『COVERS』を出そうとしたとき、内容が過激だということで、『ラヴ・ミー・テンダー』『サマータイム・ブルース』『マネー』『シークレット・エージェント・マン』の4曲をカットして発売するか、カットせずに発売中止にするかをせまられちゃった時。

当然、妥協などせず、アルバムは発売出来なかった。そして、レーコード会社に新聞広告を出させた。「『カヴァーズ』 上記の作品は素晴らしすぎて発売できません」。

圧力がかかった理由は簡単です。東芝EMIから出るはずだったアルバムでしたが、東芝EMIの親会社東芝が原子力産業をやっていたからです。ですので、反核、反原発の曲(『ラヴ・ミー・テンダー』『サマータイム・ブルース』)の入ったCDなど、東芝EMIは出すわけにいかない。他にも北朝鮮を刺激したくない(『シークレット・エージェント・マン』)という理由もあったようです。

結局、独立レーベルからアルバムは出ました。

曲で伝えるだけじゃなくて、”行動”も貫く。ロックな生き方なんて簡単ではありません。でも、清志郎は、誰に直接的に言葉で訴えることもせず、歌と行動で、ロックな生き方を見せていく。

ああ、そうそう、この翌年には、夜のヒットパレードに生放送にTHE TIMERSで出て、『偽善者』の替え歌で、「♪FM東京 腐ったラジオ FM東京 最低のラジオ なんでもかんでも放送禁止さ♪FM東京 きたねえラジオ FM東京 政治家の手先 お●●こ野郎 FM東京♪」と思いっきり放送禁止用語を連発しながら、FM東京を攻撃したんだよなぁ。FM東京は『COVERS』を放送禁止にしたラジオ局でしたからね。

忘れられないのは、他の番組出演者達の顔がカメラで抜かれると「おいおい、いいのかよ」と思いながらも笑っちゃってるとこ。楽しんでましたね。清志郎はノリノリ。中断させなかったフジテレビは偉い。

彼が行動を起こしている人だったからこそ、これだけ愛されたんだろうなぁ。あ、そう、ビデオメッセージ、60人くらい?そのメンバーも凄かったなぁ(泣きそうになりながら清志郎の想い出を話す黒柳徹子と、武道館に居た多くの人が「なぜ、あなたが、谷間を見せる必要が?」と思ったと思われるオノ・ヨーコが濃かった)。みんな清志郎が大好きだ。

他人からどう思われるかばっかりで、自分がどう思うのかが置き去りにされている。でも怖い事もあるからさ、挫けたりすんだけど、音楽って、救ってくれる。

清志郎が、しゃべる人や演技の人じゃなくて、音楽を創ってくれる人で良かった。ずっと、清志郎を聴いていられるもんね。

ああ、しばらく私は清志郎祭りです。

小学校6年のときに、RCを聴いて以来、ずっと清志郎の音楽とライブに触れられていた私は幸せです。

LOVE & PEACE。清志郎、愛してるぜー♪
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姪が、、、姪が足りない、、、ゴールデンウィーク、どっか行っちゃってたからねぇ(涙)、遊べなかった、、、ああ、姪が足りてねぇ。
さてさて、ゴールデンウィーク、終わりましたねー。って、特に何をやるわけでもなく、「やらなきゃいけないこと」に追われながらゴロゴロして、「終わらせてからやれば、もっと楽しくゴロゴロしてられるのに」という、小学生以来の課題をクリア出来ずに終わったって感じですか。。。

みなさんはどうでした?ゴロゴロ?クルクル?バタバタ?ボケボケ?ビュンビュン?にゃあにゃあ?きゅーきゅー?きゃっきゃっきゃっきゃっきゃっ?(って、ここで楽しくなってきてる場合じゃないな)

ニュースにもなっていましたが、被災地にボランティアに行かれた方も多かったようですね。

アテクシの周りにも、被災地に向った人間が何人もおり、また、行けなかったと心ザワザワしている人間も多いですわ。現地でも場所によっては人が余りまくってしまったり、人が集まらないところがあったり、いろいろだったようですな。

現代ツールを駆使して、そのへんのシステムを進化させている方々が沢山いらっしゃるようなので、内閣関係者の方々も、是非、そういう方々にもきちんと声をかけ、復興計画のみならず、現代におけるリスクマネージメントの整備もお願いいたしやす。

ところで。

みなさん、ボランティア活動って、なんだと思います?

ただ働き?

ま、間違っちゃいない面もあるだろうけど、最近は、タダ働きじゃない場合もあるのでね、なんですが、ええ、なんでしょう?

ボランティアとは何か。

自発的に利他的に無償で行う活動、つまり「自分の意志で人のためになることをタダでやる」というのだけでは、被災地のボランティア・フィーバーはここまでいかない。

じゃあ、なんでしょう?

そうね、そこに確実なる自己実現性、つまり、「自分の持つ能力や可能性を最大限発揮し、具現化して自分がなりえるものにならなければならないという欲求」に基づいて動いている人の方が多いのは事実ですよね。

いやそこを非難しよってんじゃありません。

そこを必要以上に非難する人もいます。自己満足でもいい思うんですよ。人を助けられる限り、いい。理由はなんであれ、人が助かるのなら、それでいい。労働力があるのは大事。もちろん、考えられるのであれば、被災地に行く前に、そこんとこ、ちゃんと気をつけられる方が、いいですけれどもね。

かなり幼稚な自己満足系の方々の情報も耳に入ったりします。でも、それもやっぱり、そこに行ってるだけ偉いなと私は思うわけですし、一歩一歩覚えればいいんじゃないでしょうかね。ま、あまり極端なものは、さすがによろしくないですが。

現地の人を傷つけるような行為はない方がいい。でも、あったとしても周りのプロのボランティアの方々が、そういう人々の諌め方も御存知でしょう。そうやって、いろいろ覚えるものなんじゃないかなーと思うのです。失敗した人は、作戦をたてるのが上手になるものです。

あとはねぇ、これだけの災害だと、目の前に広がる風景を見た途端に「なんか、生半可な気持ちで出来ることじゃない」って気づく人は気づくと思います。こういう時の現場って、映像の2次元とかじゃなくて、五感で向かい合うと、かなり物凄い破壊力がありますからね、それになにごともやってみなくちゃわからない、行動しているのとしていないのでは、もうすごい差があります。

ただ、「なんで自分はこれをやってるか」、考え続けたら、もっとステキな社会になるかなぁと。ボランティアをする場合、その理由を、ごまかさずにしっかりじっくり人々が考えられたら、さらにいろいろな気持ちが無駄にならなくていいんじゃないかと思ったりするんです。


あとは、被災地に「行けていない」と思う人。

何度も言うようですが、被災地に行かなくても出来ることが、山のようにあります。募金、ということだけではなくて、震災と関係なくていいんです。

なぜ、被災地に行かなくてはならないのか。なぜですか?なぜ、行こうと思うのですか?被災地、ゴールデンウィーク、人、あまってましたよね?そこに、なんで行かなくちゃいけないんですか?

考えてみて下さいな。


あ、そうそう、ボランティア活動に目覚めたのであれば、動いてみようと思うのであれば、各自治体に問い合わせてみて下さい。

介護や育児のヘルプ、障害者や外国人の社会適合のヘルプ、環境保全などなど、あらゆる分野で資金不足人手不足、常に多くのボランティアを募集しています。区役所のホームページとか、都庁とか、そういったところで探せます。

震災以来、「自分に出来ること」というキーワードがやたらめったら目につきますが、良い機会ですので、日常的に社会を支えることについて、考えてみては良いのではないかと思います。

そして、ボランティア、という言葉だけでなく、「人のため」ってなに、ってことも、考えていけたら、いいんでないかねぇ。

ねぇ。

んでもって、大きいことなんて、ひとりじゃ出来ないから。身の回りの笑顔、それでいいと思うのですよ。ひとまずは。

ねぇ。

まとまらないねぇ。

ねぇ。

でも、ま、そんなときもあっていいか。

LOVE&PEACE。

ああ、姪達に会いたい。
あ、そう!始まるよ!新しくなった『スパイダーマン』、明後日から、また、またまた、またまたまた、プレビューが始まるよ!

しっかし、ほんと、いろんな意味で、いろんな角度で、いろんな風に、いろいろスゴいわなぁ。

規模のデカさはもちろんスゴい。

言うまでもなく予算、スゴい。

怪我人の出し方も、見切り発車具合もスゴい。

それから、堂々と6回も初日を延期して145回もプレビューやんのもスゴい。これって意味わかりにくいかもしれないけれど、普通に既に正規の値段でチケット売って145回公演しているってことですからね、プレビューっつったってチケット代安くならないからね、ええ、日本だと一般的には人気のあるもので1ヶ月公演、すごく人気があって2ヶ月、レミゼだけは3ヶ月とかありますが、まあ、新作で劇団じゃなかったら1ヶ月がせいぜいですからね、145回公演して「初日、まだなんだよねー」ってのがスゴいですよ。「まだ最終形になっていない」って、おい、稽古しろ、金取ってんじゃねーよ、とか関係ないっすからね、この記録、ぜってー抜けないですよ、ブロードウェイ。だって、ぜってー誰も抜きたくない記録だもの、プレビュー145回。

それぞれの立場の人々が主張して新聞に記事が出るのもスゴい。

ジュリー・テイモアという大御所演出家をクビにするのもスゴい。

散々パイダマン(スパイダーマンのことね)のミュージカルの話書いて来ましたが、書いてて、こんなに「現場のドラマ」を妄想する舞台も珍しかったなぁ。

プロデューサー「君の芸術センスは認めるけど、スパイダーマンで、そこは求めてないんだよ」
ジュリー「じゃあ、なぜ、私を演出家にしたのかしら?」
プ「それは・・・」
ジュ「まず、最後まで形になったものを観てから判断して欲しいわ」
プ「ジュリー、君だって、投資家の、、」
ジュ「マイケル!私に、お金の話をしないでちょうだい!」

とかやってたぜ。ぜってー。マイケルだったかどうか、わかんねーけど。

ま、6回延期の上の6月14日の初日は、さーすがに延期されないと思いますけれどもね。でも、ストーリーも、ほぼほぼ原作に戻し、「どーよ」って感じだったボノの音楽も書き直され、楽曲も増え、24ヶ所あったフライングも、さらに5ヶ所増え、当初の$65ミリオンから更に$5ミリオン使っての堂々$70ミリオン舞台(約57億円)、 “the 8-to-88-year-old market”、8歳から88歳まで楽しめる舞台になってるそうですが、どーーーーでしょっ!

あー早く観たいなぁ。

うう。いつ観れるきゃにゃー。

早く観たしっっ!
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フライングのシークエンスはね、ほんと、素晴らしいので、ぜひミュージカルとして面白くなっていて欲しいですねぇ。そうじゃなきゃ、サーカスじゃんか。ね。
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あの頃は良かったね、ジュリー。
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主役は変わらず。演出家交代。しかしこのReeve Carney君さ、オーディションで通った無名の初ブロードウェイ君だったんだけど、ジュリーに演出されて、んでメディアに出まくって、新たな演出家とまた作品創れて、いいやねぇ。んで、なによりさ、既に2年近く、初日開いてない舞台だけで食えてるのもスゴいよねぇ。普通、そんなにロングランしないからさ、終わったら、そんな経験ない役者は仕事探すの大変だけどねぇ、まあ、なにがあっても降りないもんね、この子。最初に発表されたキャストは、ほっとんどいないけどね。うんうん。
来週から、立教大学が始まりまするー。

今年は震災の影響ですべての授業がゴールデンウィーク明けからになりました。でも一昨日、大学行ったけど、雨のせいもあって、まだあまり浮かれているこの時期の空気は実感出来なかったなぁ。

今年は、3月の卒業式も、4月の入学式も全て中止になりました。

それは立教高校でも同じでした。

現在の立教高校の校長先生は、私の恩師、大学の恩師であり、人生の恩師である、立教大学名誉教授、渡辺憲司先生です。

渡辺憲司先生が、3月に高校の卒業式中止を受けて、卒業生に向けてネット上で送ったメッセージがツィッターで話題になり、新聞にも掲載されました。

大学の頃から、私が芝居ばっかりやっていて全然授業に出ていなくても「授業出ないで何をしていた?」と問われ「海を見て来ました」と答えれば、評価対象にしてくれる先生でした。

ここでいう「海を見て来ました」はメタファーですが。。。

とか言いつつ、ほんとに、朝天気がいいと、大学行って、友達見つけて海に行ってたのぉ、、、いーじゃんいーじゃぁーん1日くらいさ、と365日その調子でさ、、、だから大学8年行ったわけだけどさ、、、
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マウイの海。
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ロス・カボスの海。
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フロリダの海。
えへっっ!(痛い、、、)

私のことは置いといて。

渡辺憲司先生は、素晴らしい研究者でありますが、素晴らしい先生です。彼のような人に出会えたことを感謝します。

先生のメッセージ。是非、読んでみて下さい。

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卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。


 諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。 また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。
 とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。

 未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。

 このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。私はこのささやかなメッセージを続けることにした。
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五島列島の海。
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広島の海。
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沖縄の海。
 諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。

 大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。
 大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。

 多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友人はできる。大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。

 楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。

 君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。
 学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。
 誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。
 大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。
 言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。

 中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。
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香港の海。
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ケープコッドの海。
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熱海の海。
 大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。

 大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。
 池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。
 「今日ひとりで海を見てきたよ。」
 そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。

 悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。

 時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。

 いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。

 いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。
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ノースカロライナの海。
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バハマの海。
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マカオの海。
 海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。

 真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。

 鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。
 教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。
 「真理はあなたたちを自由にする」(Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ ヘー アレーテイア エレウテローセイ ヒュマース)・ヨハネによる福音書8:32


一言付言する。

 歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。

 泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。

 今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。

 被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。

 巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。

 本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)
 被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。

 梅花春雨に涙す2011年弥生15日。


立教新座中学・高等学校

校長 渡辺憲司

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海が見たい。


*追記
渡辺先生の文に「男になれ」「男たちよ」という文章がありますが、立教高校は男子校ですので、そのようになっています。「人間になれ」と語っているとお考えください。マッチョ思想の方ではありませんので!
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ボストンの海。
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オーストラリアの海。
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座間味の海。私の足。
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もうすぐ、夏、ですな。
先日、渡辺憲司先生の『海を見る自由』(勝手につけたタイトルだけど)のコトを書きながら、今まで行った海の写真を観ていて、「あーあたし海が好きなんだなぁ」と改めて思いました。

海を見るのと、炎を見るのは似ていませんかね。

決して同じ形をとらず、瞬間瞬間で、その顔を変えていく。同じ場所でも同じ海はない。それは、天候や季節だけじゃーなくて、そのときの自分や、一緒にいる人、いろんなことも影響していまする。

まあでも、物を見るというのは、常に、自分の心が反映するものか、、、

ああ、いろんな海に行ったなぁ。

アップできた写真はごく一部。そして写真がない海も沢山。同じ海に違う人と何度も行ったり。浜、海岸にしかいかなかった海。船やらヨットやらで何度も海上に出た海。スキューバで海中に漂っていた海。

カンクーンとか、ハワイとか、沖縄とか、サイコーゴキゲンな海もたっくさんあったけど、ものすごく怖い海も、哀しい海もありました。真面目に溺れかけたことが2回?ほんとに怖かったなぁ。「ああ、こうやって、海で死んでしまうんだ」と思ったっけ(いまは、こんなことを、と思われるかたも沢山いらっしゃると思う。けれど、でも、私の経験からの引き出しは、そんなもので、決して、いろいろなかたのことを考えていないわけではありませんので、御了承ください。そこから想像してみることも、すでにやったり、考えたり、です)。

そして行ってみたい海が沢山あります。今はどこだろ、潜るのなら紅海。遊びに行くのなら、アマングループのリゾートの、ケイコス&ターコスに行きたいかな。あ、ボラボラも行きたい。

んでもって、幼少期から始めたスキー。相変わらず、冬はソワソワ。それから夏の山歩きも好き。

というわけで、いろんな山にも行って来た。

よくインタビューなどである質問で「いままでの最大の投資はなんですか?」ってなのがあるけれど、あたしの場合は、自己投資だろうなぁ。とにかく旅に出るのが好きです。

いろんなとこ行った。いろんな海を見た。いろんな山に出会った。いろんな街があったなぁ。

ああ、読書も、旅ですな。アート鑑賞も旅。もちろん、映画も舞台もね。

ニューヨークでの生活も、自己投資。


心理療法の行動療法の理論の1つの分類方法の中に、人間の行動を「自己表現の種類」で3つに分ける方法がある。まあ、いろんな理論があって、いろんな切り口があるのの1つだけれど。

感情型、思考型、行動型。

簡単に言えば、
●感情型
嬉しい楽しい哀しい寂しいムカついた、気持ち優先。わかりやすい。引きずらない。しかし、本人はスッキリでも周りは巻き込まれたり、感情をぶつけられて大変なこともある。
●思考型
慎重、理屈好き、合理的、考えること優先。論理的で説明上手。冷静。しかし、データを重視しすぎて新しい展開に行かなかったり、言ってるだけだったり、臨機応変さがなかったりもする。
●行動型
行動的、積極的、好奇心満載、やってみないとわからない突っ走りな実行優先。勇敢で、頼りになったりもする。しかし、反省がなかったり、やりっ放しだったり、じっくり突き詰めないので深みがなかったりもする。

私は、思考型傾向の強い、感情豊かな行動型、かなぁ。

なんか美化してるっぽいしぃー、欲張りよねぇぇぇぇぇぇぇぇ。

でも、たぶん、そんな感じ。

ニューヨークに移り住んだのも、「舞台を極めるには、どうすりゃいいのさ」と煮詰まった結果の、行動だったけれど、思考性は弱かったかもね。それなりに計画はしていたけれど、行ってから「あー、甘くねぇなぁ」の連続だったもの。行動型にありがちぢゃないかしら。それでも、渡米してから、英語を徹底的に勉強する期間を1年設けてからの出発は、そうそう無計画でもなかったんだけれど。

まあ、行動型だからこそ、思考と合理性を持たないと、発展性も説得力も仕事もないということで、思考強化をしてきたのかな。


いま、いろんなことで、感情が溢れ出るタイミングであり、そういう時期であると思う。世の中てきにね。

ただ、感情に任せるだけではダメだし、ただ感情を抜いての思考は根付かない。そして行動がないと、何も変わらない。

感情、思考、行動。バランスよく、しかも密やかにバランスよくじゃなくて、派手にバランスよくなりたいもんだねぇ。

あ、ちなみに「感情豊か」なのと「感情型」は違うからね。

感情型の人は、感情豊かだけれど、感情豊かな人が感情型とは限りません。

感情型は、感情に走る人ね。考える、やってみる、という作業をせずに、とにかく感情でものごとを進める人。

いません?あなたの周りに。

自分が正しいということを、数字の提示や、行動で示すのではなく、ただただ、ものすごい勢いで激しく怒ることで主張したり、感動したということを周りにアピールどころか、同じ感情を持たないと人間ではないというくらい主張したり、とにかく、自分が「気分がいい」か「気分が悪い」かで動く人のことです。楽しいときはいいのよ、こういう人は。盛り上げてくれるから。

私は感情が多いし、感動屋さんだし、左右されることも少なくはないですが、感情を前面に出して、それで動くことはないですね。

あー、でも書きながら思ったけど、実は思考型なのかなぁ。

というのは三つ子の魂100まで理論でいくと、私はおとなしく、本を読んだり、絵を描いたり、動物と遊んでいたり、探検には行きましたが、そんな行動型ではなかったかなぁ。。。。。。

うーん。いや、それはないな。

いま、頭の中に身近な友人の顔が数人浮かんで
「は?桜子が?思考型?はぁぁぁっっっ?」
って、言われた。言われたあるよっっっ。

とにかく。

感情と、思考と、行動、バランスを取るのは難しい。けれど、もがいて、

そして、海を見る。
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5月16日午後9時56分(米東部時間同午前8時56分)、アメリカ、フロリダ州、オーランドにあるケネディ宇宙センターからスペースシャトル「エンデバー」が打ち上げられました。

スペースシャトル。有人宇宙飛行船。

何度も繰り返し宇宙に行ける初めてのロケットでした。このロケットを構成するには、だいたい250万個もの部品が使われているそうで、歴史上、人類が製造した”もの”の中で最も複雑な機械とされています。

初飛行は1981年。コロンビア、チャレンジャー、ディスカバリー、アトランティス、エンデバー。1986年の打ち上げ73秒後のチャレンジャーの大爆発。たくさんの人の目の前で、そして沢山の報道カメラの目の前で起きた事故は衝撃的でした。渋谷の街で号外出てたっけ。2003年のコロンビア号の空中分解も忘れられません。

それも、もう、あと1回。

エンデバーは今回が最後の飛行。そして6月末のアトランティスの打ち上げで、合計134回の宇宙へのシャトルの旅の歴史に幕を閉じるのです。



私は自分の経験の中で、「これはね!」と声を大にして話したい話の一つに「スペースシャトルの打ち上げを見た」というのがあります。

日本のTV番組の取材で、2000年の5月、アメリカにあるNASAの基地をほぼすべて廻って取材をし、最後にフロリダでスペースシャトルの打ち上げを見ました。

もうね、これはね、ものすごい。

確実に、そこに行ってみなければわからない種類のものです。

あのね、空気の音が割れるんですよ。

360度見渡す限り、えんえん、視界を遮る物がなく、自然のひろがっている広々としたところで、そんな周りになんにもないところなのに、音が割れるんです。

スピーカーとかじゃないですよ。室内じゃないですよ。外です。ひろがってます。そんなとこで、です。

外部燃料タンクも含めると全長60メートル近いシャトル。発射前日、すぐ真下で見た時は「大きい!」。でも、発射するときは”取材陣に許された一番近い場所”にいても、遠くに3センチくらいにしか見えないアトランティス号。

早朝。まだ西の空は真っ暗、そして、東の空から太陽が上る兆しが見え始め、地平線がオレンジいろに染まり出してます。雲一つない空。大きな電光掲示板にカウントダウンの数字が表示され、すべての数字がゼロになった瞬間、白い機体が、ぽーんと真っ黒と紺と青の空に向って飛び出し、ものすごい爆発の光が、そして、地面に広がる真っ白な水蒸気が見えました。しばらくして、音速がやっと追い付いて、私達のいるところに届く。

これが、この音で、空気が割れるんです。

バリバリバリバリバリバリッッッッッッと、自分を包む周りの空気すべてが揺れて音割れを起こすんです。

なんっっっっっっにもない、だだっぴろい平野ですよ。そこで、空気が音割れするんですよ。

びっっくりしました。そんな経験したことがない。自分の周りがバリバリ言っている。

空には真っ白の水蒸気を吐きながら、夜の空と、朝の空をつんざいて、まっっっすぐに上に向って飛び立っていくアトランティス。

なにもない空間の空気が音割れを起こすくらいの衝撃です。

「あのロケットの中にいる人は、いったい、どれくらいの圧力がかかっているのだろうか??????」。

ぜったいに、辛い。ものっっすごい負荷がかかっている。選ばれるために努力して、やっと選ばれて鍛えて鍛えて、大変な思いで、恐怖とプレッシャーと闘って、あの中に座ってる人達がいる。それを見守る、たっくさんの人達がいる。なぜ、こんなものすごい思いをして、ものすごい危険を冒して、一回の飛行にものすごいお金、10億ドルも使ってまで、なぜ、宇宙に行くんだろう?いままで2機も爆発を起こして、乗組員全員死んでるんだよ?安全の保証など、何一つないんだよ?

なぜ?

ああ。そうか。

ああ、そうだ。

人間は夢を見る生き物なのか。夢を見続けていないと生きていけない生き物なんだな。あそこに最先端の技術と、人類の”夢”が、ギュッと詰まってんだよな。

そうか、人類は夢を見続けるのだ。

機体は見えなくなったけれど、朝陽が登りはじめた空に残された飛行機雲を見ながら、周りの人達は、みんな泣いてました、「なんで泣くんだ?」って言いながら、笑いながら泣いてました。心が震えました。私は、スペースシャトルの打ち上げで、自分の心がこんなに揺るがされるってことに驚いた。人類の夢をバリバリ音割れする空気の中で感じるとは、それこそ、夢にも思わなかった。

地球がまだ丸いと知らなかったころ、ずっと進んだら世界の果てから落ちちゃうかもしれないのに、船に乗って進んだ人々。東の”さいはての国”ジパング。東海岸から始まったアメリカに上陸して西へ西へと歩いた人々。


前に進むこと。夢をみること。

たまに上手に出来なくなります。

そんなときは、あの、アトランティスが飛び立った後に残された飛行機雲を思い出します。

未知なる世界へ。

ほんとに明日のことがわかっている人間など、地球上に一人としていないのだ。

明日を夢見て。

おやすみなさい。
早い。

時間が経つのが早すぎる。。。

もっと時間を上手に使おうと思っているのだけれど、気づけば、「時間を上手に使おう」と何年思っているんだか。

私の日常なんて、まー、ほんと、どーでもいいんですが、多くの方々のように「朝起きて、仕事場に行って、仕事をして、家に帰る」という形の仕事をしていないので、時間配分を上手に考えないと、まー、ほんっとに、どーしよーもない暮らしが出来ます。ええ。ほんとに。ビバ、ダメ人間、余裕でやれますのよ。

とぉっても、とぉっっっっても欲張りなので、誘惑もトーゼン多い。仕事は好きです。大好きです。愛してます。でも、それとこれとは違うのよ。

本も読みたい、映画も観たい、舞台も観たい、ミシン欲しい、刺繍やりたい、絵が描きたい、ああ、そうよ、美味しいものも食べなくてはいけない、美味しいお酒もトーゼン、山歩きもスキーも、海もダイビングもヨットも、まだやってないけどロック・クライミングとマラソンにもトライしたいし、ボクシングもちゃんとやりたい、日本国内旅行はもちろん、世界のいろんなところに行きたいし、世界中のアマンリゾートにも行きたいっ、そして、仕事は舞台も、映画も、ドラマも、ドキュメンタリーも、文章を書くことも、教えることも、創作だけじゃなくて、文化振興のシステムやら教育のことやら、考えたいことや、企画したいことも沢山。ひとりの時間も大切だけど、友達も大事、きゃー姪に会いたいっっっ!姪と遊びたいっ、親孝行もしなくちゃだし。さらに勉強しなくちゃいけないこと、勉強したいこと、ものすごーく多いし、体力作りもせにゃあかん。

あー、書いてみると、さらに欲張り気分炸裂ね。なんていうの、ボンノウ野郎?!(笑)

最近ツィッターを始めてみたりして、お話させていただいているAneCan、そしてCanCamの編集長でいらっしゃる嶋野氏と担当編集Y子さんと(お世話になっております)、ツィート上で「〆切ギリギリ生活」の話になり、「人間には”時間で切る”ということが必要なのかもしれない」という話から、嶋野氏が「『よく生きる』ことのポイントの1つはメメント・モリ」とおっしゃっとりました。以来、メメント・モリ咀嚼中。

メメント・モリ(Memento mori)はラテン語。Memini=記憶している、の命令形のMemento、Morior=死ぬ、の不定法のMoriで、「必ず人は死ぬことを忘れるな」という警句。もとは「明日死んじゃうかもしんない、人生には限りがある。だから今を楽しみなさいな」ってな感じ。

まあ、だからといって、宵越しの金は持たねぇ、って暮らしをするには、現代はあまりにも長生き出来ちゃうわけですけれども、「いつまでも、あると思うな親と金」ならぬ「いつまでも、あると思うな、この命」「いつまでも、あると思うな、マイ時間」ってとこすか。

きょう出来ることは、きょうやる。「明日やろう」と思わない。・・・・・たしかに。んなことは、わかってるんですのよ。ねぇ?(笑)

ああ、書くだけなら、なんと簡単なことよ!

でも、やっぱり〆切がないと、つい「明日」にしてしまうのよね、人間。

しかしながら、私のような自分で営業して自分で仕事を取ってこなくちゃいけない人間は、〆切を自分で切らないと、まじ、終わります(笑)。

だいぶ慣れたとはいえ、それでも心は、そーんなに強くばかりもいられず、くじけることも多いですが、メメント・モリ、メメント・モリ、種は蒔かなきゃ芽は出ない。出さないパンチは当たらない。打たないシュートじゃ無得点。バットを振らなきゃホームランは出ない。

さて、種まきしましょーっと。

というか、つまりは、〆切なのでした。

ひやー!


(ってか、自分励まし文が最近、多くね?)
(あ、そう、松下優也くんの、お誕生日ライブ、行って来ましたよ。バンドひっさげて、子犬のようにハシャイでた(笑)。いろんなことに、どんどんトライしていて、エネルギーを感じ、楽しくなりました。そうそう、ライブで「1年前の昨日、ちょうどミュージカル『黒執事』が終わったんですけど、昨日、『黒執事』の演出家の福山桜子さんが、電話くれて、誕生日覚えててくれて、嬉しかったです」ってな感じで、わざわざひと言くださって、こちらこそ嬉しかったっす。ってか、1年前、あれだけ色々『誕生日サプライズ仕掛け』をした張本人のアテクシが、忘れるわけないじゃんねぇ誕生日(笑)。って、まあ、まずはコンピューターから「明日は松下優也さんの、お誕生日です」って言われて、「お!」って、なりましたが、いえいえ、コンピューターに言われずとも、ちゃあんと、覚えてましたよ。でもって、優也くん、ライブのあと関係者で乾杯するのに、プレゼントされたマグナムサイズのシャンペンを開ける流れで「どうやって開けるの?これ?どうやって開けるの?こえー、これ、パーンってなんないの?うわ、こえー、こえー」って言いながらシャンペンのボトルを開けていたのが、またさらに子犬のようで、可愛かったのでした。っていうか、怒濤の『黒執事』から1年経ったのね!ほんとに、はぇぇぇぇぇぇ!生執事メンバー、元気ぃ?『黒執事』ミュージカル、またやりたいなぁ。しかし一体私は、1年前に比べて、いかように進歩なり、変化なりしたのだろうか。。。ひえーーーーー!)
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あれから一年経ちました。
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立教大学では、会議室の前に『異文化コミュニケーション学部 09:00 ~ 13:00』とか時間が貼ってあって、その後ろに、『お茶あり』か『お茶なし』というチェック箇所があり、大抵の場合、ポット入りのお茶を置いておいてくださるのですが、この日、お湯のみにかかっているタオルが気になって、気になって、、、
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な、なぜ?なぜ、わざわざ?なぜ、わざわざ”ふきん”と?これは、タオルでなく”ふきん”って書くにいたる理由がきっとあったんだよな。どこかで同じ形状のタオルを”ふきん”以外で使っているのだな、きっと。
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というわけで、ふきんにも”ふきん”って書いてみました。ちょっとしたお手伝いです。って堂々と晒してるけど別にイタズラではないので、ね。いいよね。うん。えへっ!