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●コミュニケーションのプロ

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人の気持ちを考えるのは簡単ではありません。わかんなくなっちゃいます。面倒なときもあります。でも考えなかったら尚更わからなくなります。
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発信も受信も、人によって千差万別の時代の到来。だから技が必要です。勉強が必要です。技を習得するために、訓練です。
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思い立ったが吉日。いま思い出して、連絡しようと思った人に、ソク電話!!実際に行動に移すのが大切!
大学で、小学校で、そして企業でコミュニケーションを教える時、必ず聞かれるのが「なぜ、演出家/監督で、劇作家の桜子が、コミュニケーションを教えるの?」という質問。

たしかに、芸能界とコミュニケーション能力開発、あまりピンと来ないかもしれません。

でも、答えはシンプル。

「私がコミュニケーションの仕事をしているのは、ドラマや演劇が、コミュニケーションの再現だから」です。

ドラマってコミュニケーションの再現なんですよ!

小学生でのいじめ、先生と生徒の交流、モンスターペアレンツ、高校生の自転車で駆け抜けるような爽やか恋愛、10代の「青春バカヤロウ」的な夕焼け河原もの、わかもののすべて(?!)、社内恋愛♥、会社の人間関係の悩み、孤育て、家族の悩み、夫婦の決断、介護、偏った愛ゆえの殺人、、、、、

観たこと、ありますよね?ドラマですよね?

そして、すべて、コミュニケーションのお話、ですよね?

そうです。

ドラマ、映画、舞台。まさに演劇はコミュニケーションの再現です。

このひとは、何を考えているんだろう。
どうして、こういうことを言ったのだろう。

人間に対しての想像力をフルに使う。物語を、ひっくり返して、また元に戻して、正面からみて、斜めからみて、「他人の気持ち」を徹底的に考える。

扱っているのは、台詞。全部、「誰かが言った言葉」。

誰かがいった言葉を考える。
他人の気持ちに想像力を働かせる。

そして、これはまたおいおい説明しますが、台詞=言語、そこに言葉以外のコミュニケーション=非言語コミュニケーション=演出が加わることによって、初めて、ドラマが生まれます。

●ホントに時代は変化しているんですよ!

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でもって、私達は、「コミュニケーションを考えて作品を創って」、そして、舞台の上から、スクリーンから、テレビの画面から、お客さんとコミュニケーションを取ろうとしております。「伝えよう」としとります。
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だてマスク。。。「表情を読み取られたくない」「自分が誰か知られたくない」「すっぴんでいられる」「していると安心する」「顔の嫌いなところが隠せる」など、いろいろな理由から、風邪や花粉症など関係なく着用するマスクのことです。そこで一時期でも安心できるのなら、それもいいでしょう。でもね、一生マスクで暮らすわけにはいきません。
でも、「コミュニケーションなんて、昔は習わなくてすんだんだから、いまさら習う必要がある?」という疑問もあるでしょう。

そうですね。おっしゃるとおりです。でも、その「昔」の基盤になっているものが、なくなってしまっていたらどうでしょう。

コミュニケーションの方法、というのは、共同体のなかで生まれます。

日本という共同体のなかでは、日本語を話し、アメリカという共同体では主に米語を話す、というようなことです。ほかの共同体に行っても、自分の共同体で使っていた記号(たとえば言語、たとえばキスの習慣)は通じません。

つまり、同じ共同体でないと、コミュニケーションは取りにくいのです。

日本人は長いこと村社会で単一民族、劇的に個人個人の背景が違うことがありませんでした。将軍とお百姓さんは違うけれど、ほとんどが庶民で、庶民は庶民同士で付き合い、位の高いひとたちは位の高いひとたち、それぞれの共同体で暮らしていたので、「自分と全然違う生活をしているひと」というのに、そうそうめぐり逢わなかった。そんなにバックグラウンドの違うひとがいなかった。

だから、いわゆる「あ・うん」の呼吸ってやつで、どうにかなってたんですね。

しかしながら、日本人はもう、村で暮らしてはいません。”共同体”はなくなり、隣りのひとは、生まれも育ちも違うひとになりました。

人間の育ち方も、つきあい方も、大きく、大きく変わって来ました。一人っ子が増えました。そのため、1学年1クラスでクラス替えがない、という小学校も増えました。友達に電話するのに、携帯で直接つながるので、知らない大人と話す機会も減りました。なにも直接話さなくてもテキストやメール、ツィッターで済むかもしれません。

家族も学校も会社も社会システムも変化し、個人個人の背景に差があらわれ、”知らない人”が増えたけれど、兄弟やクラス替えや近所の人と一緒に”疑似社会”を練習する場が激変しました。

つまり、コミュニケーションの訓練をする場が、激変しているのです。

昨日はじめて、バットとグローブを買ってもらったのに、メジャーリーグで試合に出ろ、と言われるように、大した訓練もしないまま社会出されてしまう。2、3回プールで泳いだだけで、海のド真ん中に放り出されて、溺れない人がいるでしょうか?

「怖い」と思ってしまっても責められません。

打てなくて当たり前、泳げなくて当たり前。だって練習したことがないんですから。

●コミュニケーションは学ぶ時代です。

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いろんな人が、いるのです。そして、個人の背景が違うと、同じ言葉を使っていても、同じ意味で話をしているとは限らないのです。
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BORN THIS WAY。ひとりひとり違って当たり前。同じことを考えている人など、この世に一人もいません。そっからスタートさせましょ。
そうなんです。あらためて、コミュニケーションというものを見直す時代になったのです。

昔は良かったなんて言って、御近所づきあいの希薄さや、少子化や家族の成り立ちの変化を嘆いてたって、なーんもならない。

ですので、前向きに、いっちゃいましょう。
コミュニケーションと正面から向き合って、怖くないものにしましょう。

私たち演劇人にはすでにノウハウがあります。

たとえば、他人の気持ちを考えて演技する。そのために考えられたエクササイズをやる。

役者のために考えられたエクササイズは、「よく聴く」「よく見る」「伝える」など、コミュニケーション能力の向上をさせるものが多くあります。

コミュニケーションワークショップで新たな自分を発見していくこと、コミュニケーションを再確認することは、ほーんとに、楽しいことです。

というわけで、少しずつ、コミュニケーションを分析しつつ、ひとりでも出来ることを考えてみましょう!

コミュニケーションを学んでしまいましょ!



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