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●アートかエロか。誰のために脱ぐか?何の為に脱ぐか?

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近年のセクシー女優NO.1、ミーガン・フォックス。強気発言多し。
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チャーリーズ・エンジェルスなドリュー・バリモア。女優だけでなくプロデューサーもやっとります。
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スカーレット・ヨハンソンとキラーナイトレイ。ふっくらビューディーと、細身ビューティー。
最近、ネバダ州でアメリカで初めて、男性も売春していい認可が降りました。もともとネバダはアメリカで唯一、売春が合法な州。売春夫にお金を使うのが、あまりにも男性の皆さんばかりだと(ゲイの皆さんということ)、サービスを中止すると言っているサービス会社もあるようですけれども、うーん、どう受け止めて考えて行くべきか。(ってこれは2010年の1月に書いた文章です)

エロの問題というか、セクシャリティーとジェンダーの問題は根が深い。難しい。

2009年、立教大学で、全学部共通カリキュラムの講義の『見ための力』という枠で、『美男・美女論』というので2コマ=90分×2=180分講義をやりました。

1コマ目は『日本の美男美女論』、2コマ目は『ハリウッドの美男美女論および日本との比較』。

「美人って、なんでしょう、どういう人のことを言うんでしょう」というお話から、「見ため」を通しての文化論でございまする。

その時に、パワーポイントのスライド(というか私はキーノートなんですけれども)の為に、日本の歴代のアイドルや女優の写真、そして、アメリカのモデルや女優達の写真を集めました。

で、あらためて気付きました。女優のヌードになり方が日本とアメリカで全然違うのね。

写真を並べて行くだけで、わかる。戦前から見ていてもアメリカの女優達は俄然、たくましい。ガンと1人で立っている感が強い。男に媚びる気配がない。

日本のヌードは「どぉかなぁ?」って感じだけど、アメリカのは「どーよ!」って感じとでもいいますか?かなり凛々しい。
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ブリトニー。完全復帰したけれど、まだシェイプは完全復帰していない模様。
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リンジー・ローハンがマリリン・モンローと同じテーマで撮ったシリーズ。復帰出来るといいけれど。
振り返ると、日本で売れてる絶頂で脱いだのは、宮沢りえさんくらい?菅野美穂さんもヌード写真集を出しましたか。

しかし、なぜアメリカと日本の女性のヌードにそんなに差が出てしまうのだろうか?

まず、女性が社会で1人で生きていけるシステム、周りの協力度、理解度が全然違うので、社会背景が違うから裸の成り方も違うんだろうね。

アメリカでは裸も自分のもの、日本では「誰かに言われて裸になった」。ようするに未だに女性が「父親のもの」から「彼氏のもの」になって「旦那のもの」というイメージが残っている。

女優の身体は「事務所のもの?」。

私の人生は私のもの、私の身体もわたしのもの。という感じがしない。

最近は時代が変わって、随分前になりますが神田うのさんを皮切りに、日本でもananを代表とする女性誌がビューティーなボディーの女性達を掲載したり、募金を集めるのに、しほさんとか、道端さんとか、モデル系の方々から、藤原紀香さんとか、米倉さんとか、女優さんに転向なさった方々もアートな裸を披露なさってたりします。

が、女性の脱いでいる比率からすると、“アート裸”が”エロ裸”に比べて圧倒的に少ない。男性向けに「脱いだ」というより「脱がされた」印象の人が多い。

エロが悪いというのではなく、社会性の問題として、女優がデビューすんのに、なんで水着にならなくてはいけないのだろうか?グラビアが芸能界の入口でなければいけないのだろうか?男性性に、裸で認めてもらわなくては、「売れない」のだろうか?脱がないでいい入口はないのだろうか?
アメリカにも当然プレイボーイなどの明らかなものはあるけれど、それは、それで性的なエロとして、エロ界がある。芸能界に入ったのだから「水着くらいあたりまえ」という形で脱がされているわけではない。最初からエロ界に入っている。

マドンナやアンジー、キャメロン・ディアス、売れる前に脱いだ写真が流出したりしたけれど、業界に「水着→売れたら露出やめて→売れなくなったら脱ぐ」という流れがあるわけではなく、自ら、お金の為に脱いだもの。

日本は芸能界に入るのなら、いまだに、いまだーに、まず女子の場合は「水着は覚悟しろよ」くらいの不文律がある。

あった、かな。

だいぶ、それをやらなくていいようには、なっているようですが、女性のポジションが、「男性に気に入られないと売れない」という事をいまだ信じている人々が多くいるということです。

私の考えでは女優は演技が出来ればいいんです。水着は必要ありません。もしかすると、演技を鍛えるシステムがないので、演技では売ることが出来ないから、ひとまず売れる物を売っていくしかないのかもしれません。

はたして、彼女達は、本当に水着になりたいのだろうか?

とはいえ、どうして女性ばかり水着にならされるのだろうか?

日本国内での男女比を考えてみましょ。

日本は、少年隊東山さん、ダルビッシュさん、嵐の松本さんなどが、高級に脱いできましたが、グラビアアイドルの様に脱がされている男子はほとんどいません。

一般アイドルでも、男子は、デビューしても水着にはなりません。

ま、最近はシャツの前を閉めない写真くらいはやらされるんでしょうけれども、男子がシャツのボタン止めないのと、女子がビキニになるのとでは、覚悟が違いすぎる。
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ジェニファー・アニストン。隣のお姉さんですよ。なんか。
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TVからよくハリウッド・トップ女優に行ったなぁ。

性差がある?性欲の違いで、必要性が違う?そんなものは個人差だものね。

芸能界での女性の位置は相変わらず低いので、女性陣も、性的対象物としてだけではなく、もっともっと、芸や、技術(演技も技術です)で、評価されてほしいものだけれど。

最近は美醜で勝負していない女優も増えたし、女芸人も増えたって?

でもね、たとえば女芸人は「彼氏がいない」と言わなくてはいけないことが多い。友近さんのように、芸が確立している人は彼氏がいてもオッケーなのに、皆さん、嘘をついてまで「男が出来ると芸が落ちる」というのを強いている。んなわけないじゃん。それは本人の問題でしょう。芸があれば、男がいるいないなんて、どうでもよいことです。というか、男がいる、ということで面白いことが出来ないのは本当に個人的な問題で、それを「女芸人」の問題にしてしまうのは閉鎖的だと思います。

そうそう簡単に変わるものではないけれど、女性は男性の為にいるのではない、ということを、小さなことから考えて欲しい。

女性も、男性も、それぞれ自分の足で地に立った上で、お互い役割分担をしていく、ということが、もっともっと語られるといいな、と思います。
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この人も、ブラピのパートナーなわけで。ブラピ凄いとしか。
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元夫ビリー・ボブソートンの名前を入れた入れ墨は消したらしい。
役割分担。これ、だいじ。

男子に「子供産め」とは言わないしね。役割分担よ役割分担。

でも、Hをした結果、どちらに子供が出来るかわからなかったら面白かっただろうなぁ。

「あー、今度は俺だ。俺出来たみたい」
「1人目あたしが産んだんだから、いいじゃん。よろしくね」

みたいな。

世の中、大きく変わるだろうなぁ。




(アートなエロと、エロなアートに関しても、とりあえず置いておきます。アート/エロ論というよりは、社会論なので)
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スーパーモデル、ナオミ・キャンベル。どういう状態で電話してんっすかね。
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ケイト・モス。この人が着ると服が生えるのは、さすがのスーパーモデル。
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ジゼル・ブンチェン。ブラジル人。このスタイルで身長180センチあるのだから、もう、スーパーモデル以外何ものでもない。